今日は割と暖かかったなあ。
昨日が急に寒くなったので、今日も同じだと身体に堪えると思って、一枚コートを上から羽織って出勤したら、今日はそうでもなかった。
それでコートが余分な荷物と化したんですね。
それはそれで体には良かったのですが、荷物が増えるとちょっと大変です。
地下鉄移動で嵩張って、少し嫌な感じではありました。
僕は基本的に荷物は多い方で、カバンの中身は目一杯入れて歩くことが多いです。
でも着膨れは嫌なんですね。
立っても座っても、着膨れているとなんとなく嫌なので、普段から薄着ではあるんです。
だったら冬は薄着で平気か?、というと、実はそうでもなかったりします。
冬生まれのくせに(12月生まれ)、寒いのは苦手ときた。
まあ暑いのも苦手というか、暑いとすぐにバテるんで大変ですが。
ともかく、今日は暖かかったので、個人的には着膨れて嫌な他は快適だったのです。
と言っても冬だから寒いんですよね、本来は。
暖冬だっていうんですけど、これくらいの気候だったら体には快適だと、勝手なことを思ったりします。
でもやっぱり大極的には冬は寒くないと困る。
長年寒いからこその暮らしがあって、食べ物があって、だから生活が成り立っていた部分はあるわけです。
作物の取れる時期がそうだし、漁業なんかは大いに気候が関係するわけですね。
あるいは冬はスキー場にとってはちゃんと雪が降ってもらわないと困ったりする。
僕らは降って欲しくない場面が多かったりするんで、降る場所を選んで降って欲しいなんて勝手に思うのですが、それは天にお任せするしかありません。
別に天に運命を委ねる主義ではないのだけれど、なんだか天の神様っているんだろうなあと思って、過ごしています。
こんなことを思いながら暮らしているんです。
天の神様っているんじゃないかって。
だから暖冬も、エルニーニョだなんだっていう科学的根拠があったりするにしても、どこかで神様が調整している気がするんです。
だから人類なんて、神様の掌の上で遊んでいるんじゃないかって思うのです。
もちろん考え方としてそうなだけで、実際には科学的な根拠に基づいて気候変動が起こったりするのだろうし、どこまで表に出していいものなんだろうかとは思います。
だからタイトルに従えば、マシな気候で良かったのは、神様が少し優しくしてくれたんだろうかとくらいに思ったりするんです。
あくまで個人的には、な話でした。
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